Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milkのメモ帳

私の目指した物は”夢”だったのだろうか


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少し過激な記事を書いてしまったら、何だか昔、友人たちと熱く語り合った夜を思い出しました。

ある人から見ると、それは”夢”に思えるかも知れません。

でも、今も私は忘れることは出来ないし、その”夢”を求めてさまよっているのだと思います。

仕事は楽しいかい?

私の家は自営業でした。もっと今時の言葉で言えば、父はフリーランスです。

ですから、小さい頃から今に至るまで自営業の辛さを目の当たりにしてきました。

職種までは言いませんが、その業界では最上級の資格を持ち、技術屋であることに誇りを持って働いています。(しかも父は若くしてその資格を取得し、異例の早さだったようです。)

”辛さ”と書いたのは、私が中学生の頃にその業界が大不況に陥り、取引先が次々と倒産していったのです。

家族はそれでも懸命に(特に母は献身的に)、精神的に追い詰められ心身ともに廃人寸前にまでいった父を支え続けました。

フリーランスとして働くとは

少し脱線しますが、私はあまり「フリーランスだ!!」と言って安易に脱サラすることには肯定的ではありません。

フリーランスになるということは、営業・技術の両面を自分一人で切り盛りし、確固たるお客様(取引先を含む)を獲得し続ける必要があるからです。

また、他人より技術面で上であること、または”何か”で秀でていることを証明し続けなければなりません。(異常に安い単価で受注するとか?)

そして失敗は許されません。二度とチャンスは来ないかも知れません。何故なら失敗した場合は、他の競合するフリーランスに乗り換えられるからです。

そのプレッシャーは異常です。

今の私にはとてもではありませんが出来ません。

ですから、同期が「フリーランスになりたいな。」と愚痴をこぼしても、仕事が辛いからという理由なら止めたほうがいいと助言してきました。

それならば、他の会社に転職するほうが良いと思います。

批判されるかもしれませんが、”並の”サラリーマンでは務まりません。

  • 数カ月も収入が途絶えることを覚悟できますか?
  • 仕事がなければ銀行は融資してくれません。(不思議でしょう?お金がないと融資してくれないんです。)
  • 金の切れ目は縁の切れ目。そんな世界に耐えられますか?(本当です。非情です。)

自営業として仕事を行う前に、少しでいいですからこれらを想像して下さい。

しっかりと顧客もいる。やっていけるアイデアもある。それならば止めたりしません。

何のために働いているの?

そんなこんなあったわけですが、その不況もなんとか落ち着き、家族に対し十分に衣食住が行き渡るようになりました。(酷い時は、子供ながら路上生活も覚悟しました。)

まぁ今でもカツカツの状態ですが、親二人で毎年旅行に行くほど余裕も出来ました。


ですが24時間働き続ける父に対し、子供の頃の私は複雑な気持ちを抱いていたのです。(24時間は嘘だと思うでしょう?でも本当に24時間働いていました。その背中を見て私は育ちました。)

技術者として誇り高く懸命に働く父親。でも、仕事しか頭になくて遠い存在である父親。

彼は何に突き動かされ働いているのだろうか。

昔、質問したことがあります。何のために仕事をするの?と。

父は言いました。「仕事のために仕事をしているんだよ。」

これは、次の受注のために今受注した案件を正確にしかも高品質で納めることを言っていましたけど、恐らくは技術屋であること、その道のスペシャリストであることの誇りを胸に抱いていたからこそ、それが出来ていたのでしょう。


今は時々思うのです。

貴方はそれで楽しいの?

貴方の人生はそれでいいの?と・・・でも、それで良いのかも知れません。

それはその人の生き方なのだ。私には理解出来なくても、その人が満足ならばそれでいいのかもしれない。

子供時代は寂しかったですけどね。でも、一生懸命に私たちを守り養おうと懸命に働く姿を、この目に焼き付けることが出来たことは本当に感謝しています。

普通の家庭では経験出来ないことだからです。だからこそ、複雑な気持ちなんですけどね(笑)

それぞれの夢を持った若人

私の会社はそれなりに名の知れた大企業の兄弟会社(親会社から分離して出来た会社)で、入社した直後の研修は親会社と一緒に受けていました。その中で、親会社の同期で特に仲良くなった友人がいて、彼らとよく”夢”を語り合いました。

一人は、セールスエンジニアで、私は彼のことを心の中で「世界征服主義者」と呼んでいました。本人には言いませんけどね(笑)
彼は、善意によって人は変えられると信じている人間でした。私からすると凄く素直で、真っ直ぐな人間でしたね。そして、時間をかけてしっかりと思いを伝えれば、それはその人に浸透すると考える人でした。もう、善意で世界を制服してしまいそうな人です。だから「世界征服主義者」。
補足すると、この人はかなり頭が良く、決してお花畑なわけじゃないんです。そこがまた怖い(笑)
(もしかして、本人がこれを読むかも知れないけど、笑って読んでくれるでしょう。)

もう一人は、リアリストで超現実主義者でした。親会社の研究部門に所属しており、この人も本当に頭が良かった。彼は物理系の研究を最初行っていたのですが、会社の方針転換で畑違いの生物系(バイオ関係)の研究を命じられたのです。しかし、直ぐにそれに順応し、今ではその道を専門にする会社に転職しようかなんて言っています。

後は、地方から上京してきてふらふらしているバカなSEの私。

本当に、なんでこんな馬鹿とつるんでくれたんでしょうね?(笑)

今でも不思議です。

”夢”を語り合った夜

入社して2年目だったか、3年目だったか覚えていませんが、私が大爆発しているプロジェクトに緊急参戦させられて、ヒーヒー言っていた時、彼らと無性に話がしたくなって、私の行きつけのカウンターバーで会おうということになりました。

言い方が良いでしょ。”行きつけのカウンターバー”(笑)

その頃、バーで独りで飲むのが好きで、カウンターバー探しが趣味でした。

おっと、脱線した;


連絡を取ると、快く世界征服主義者とリアリストは訪ねてきてくれました。

何時だったでしょうか。21時ぐらいだったかな?

結局、終電ギリギリの24時ぐらいまで話し込んだでしょうか?

そのとき、自分たちの夢について語り合ったのです。


世界征服主義者は、大学院に戻って人の心について研究したいと言っていました。人の感情はどのように発生し、そして制御されているのか解き明かしたい。またどうすれば人は言葉や気持ちを受け入れやすいのか、脳の観点から研究を行いたいと言っていましたね。

リアリストは、やはり今の研究について(守秘義務があるので詳しくは教えてくれませんでしたが)どんどん突き進んで行きたいということを熱く語ってくれました。

私はというと、「俺はね。存在意義を見出だせるチームを作りたいんだ。結局、人は自分の存在意義を認めて欲しいんだよ。チームの中で自分が必要とされていると感じれば、自ずと互いにカバーしあう関係になれる。だから、せめて俺は自分の下についてくれたメンバに対し、存在意義を見出だせるようなチームを作る。もし、出世したならばその元で働いてくれる部下たちにそういった場所を作る。後は、それを繰り返すんだ。」


リアリストは助言してくれました。

「Milk。それを突き進めるならば君は素晴らしいよ。でも、それは茨の道だ。覚悟したほうが良い。」

ちょうどその頃、大炎上しているプロジェクトで毎日終電で帰っていた自分。その相互に助け合うチームの必要性を感じていました。

数年間働いて、ずっと、ずっと、ずーっとこのことばかり考えていました。

どうしたら、人間関係が向上し、チームとして正常に機能するのだろうと。

そのためには、個々に対し思いやりを示し、存在意義を見出してあげることが解なんじゃないかと。

そして今でもその思いは変わりません。


でも、病気になってしまった今、確かに茨の道なのだと実感しました。

病気になった時、「俺は負けた」と感じたのです。

その茨の道に負けたのだと。


でも、そうじゃないのかも知れません。

今の会社はそういう人材を求めていないのかも知れない。でも、もしかすると私が幼稚すぎることが問題なのかも知れない。

結論は出ないまま、さまよい続けています。


貴方は何のために働きますか?

貴方は何を求めて働きますか?