Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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人はみなうんちをする~醜い自分を受け止めること~


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Renaです。
私がかつてしていたブログのリライト記事をこちらにたまに載せていこうと思います。

醜い考えはよくない!

かつては自分の気持ちに制限を設けていました。


「人を妬んではいけない。こう思うのは悪いことだ。」

「醜い自分は自分じゃない。私はこんなことを考えていないはずだ。」

「こんな考えは早く頭から追い出そう。」


無理やり、そう思い込むようにしていました。

こんな自分もアリ

今は違います。


「ああ、今私はあの人が妬ましいんだ。」

「そう思うこともあるよな。」

「醜い感情も人間らしさの一つだ。」


嫉妬、羨望、嫌悪、…そういう汚い感情をそのまま受け入れられるようになってきたのです。

醜さもありのままに

変わったのは、いい意味で自分に期待しなくなったことでしょう。


自分は清廉潔白で、もっと言えば聖人君子、そうでなくても善人で…とかつては過度に期待していましたが、

今ではそうでもない、ありふれた人間で、醜いところも当然ある、と考えられるようになりました。


自分の醜さをありのままに受け入れられるのは、とても楽です。

醜い感情は自然と生じるものです。

それを否定してきれいな感情を持つようにするのは、どうしても無理が生じる、辛くなる。

不自然です。


醜さと向き合うことは怖いことだ、きっと自分の醜さに苦しくなって耐えられないはず、そう予想していたのに、特にそんなことはありませんでした。

 人はみなうんちをする

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ひとはみな、汚い面を持っています。

美味しいご飯を食べたら、うんちをするのと同じことです。

排泄シーンを他人に見せないだけで、誰しもが行っているように、みんな醜い感情を持っているけれども、表立ってあらわさないだけです。

他人に見せないだけでいい

かつてのわたしのように、醜い自分を嫌って受け入れられない方がいるのであれば、それをやめることを提案したいです。

どうしても醜さが嫌なら、「そう思っていることを他人に見せない」と言うだけでもいいのです。

ただ、自分だけは醜い自分を許して上げられれば、それでいい。

「ああ、今自分はこう思って(妬んで、羨んで、嫌って)いるのだな。」

と客観的に意識するだけでもいいのです。

それだけできっと楽になるはずです。

我慢しなくていいんだよ

そんなにいい人である必要はありません。

それを自分に求めているのは自分だけです。


うんちを我慢していたら便秘になってしまうように、自分に無理をさせていると、いつか大きな問題が生じます。

さいごに

偉そうに書いてしまいました。

実は他の皆さんはとっくに気が付いていることなのかもしれません。

あと、たとえ話がへたっぴでごめんなさい。

自分の醜さを受け入れられると、人の醜さを認めるのもハードルが下がるのかもしれないなぁと最近は思っています。

自分に出来ないことは人に無理に求めたりしないように、醜い感情を持つ人を許せるんじゃないのかな、と思う今日この頃です。

というわけで、今日はこの辺で!ciao!!