Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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【2017年から】この1年は、私の人生を大きく変えた1年でした。【2018年へ】


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こんにちは。Milkです。
この1年は、本当に目まぐるしく環境が変化した年だったと思います。

この雑記ブログが立ち上がったのは、恐らく2016年の5月頃。

ですから、約1年半ぐらいは更新していると思います。

皆さんからの暖かい励ましや、交流。それによって、このブログは支えられてきました。

改めて感謝申し上げます。


2017年を振り返る

昨年の12月31日は何を書いたのかな?

探してみたら、ありました!(笑)

www.milkmemo.com

感慨深いですねー。

恐らく、この時は「うつ病」からやっと回復に向かっている状態だったと思います。

いつしか私にとって、ブログを書くのは、頭の中を整理し心を整える手段になっていました。

所謂、ストレスコーピング(ストレスの回避手段)の1つになっていたんですね(笑)

この習慣が定着して、2017年は自分の次のステップに進むことから始まりました。

リワーク支援プログラムに参加する用意を始める

約1年はベッドの上での活動?が中心でした。

私の持病である「身体表現性障害」が邪魔をして、外で活動することに恐怖心がつきまとっていたからです。

2017年に入り、担当医から「復職を視野に入れませんか?」と提案されました。

その為に、独立行政法人のリワーク支援プログラムに参加して自信をつけましょうと・・・

しかしハードルは高く、その施設に毎日「出勤」出来ることが条件でした。

3月からスタートすることになりました。

とにかく、1月と2月は自分で猛特訓をしましたね(笑)

その場所までは30分かけてバスで行かないといけないんですけど、「閉鎖空間が怖い」というのがネックでした。

なので、自分に対してある程度目標を課して、少しずつ少しずつ移動できる距離を伸ばして行きました。

勘違いして欲しくないのは、必ず保険をかけた状態にして克服することが大事。

そして、目標が達成できなくても、自分を責めない。

この2点がポイントです。

外に出てくるよ!

と家族に告げて、リワーク支援プログラムの時間帯は外で過ごすようになりました。
(途中で気分が悪くなったりしたら、連絡を入れるからと伝えておきました。)

初めは、バスで団地をぐるりと回ることから始めたんです。

発作が起きても頓服薬を握りしめて、

大丈夫。大丈夫。
あと3区間だし、途中で降りてもいいし。
いざとなればこれを飲もう。

と言い聞かせていましたね。

団地をぐるりと回るのに慣れて、次はもう少し遠方へ。

更に遠方へ。

これを、無理をしない程度に頑張りました。

時には、心臓がバクバクして止まらなくなったり、昨日までは大丈夫だったのに何故かダメになってしまったり・・・

その繰り返し。

でも、

前よりも出来ることは増えてる。
出来ないことより、出来たことを探そう。

と、少しずつ自分を励ましていました。

リワーク支援プログラムに参加する

3月〜5月。

私は毎日、リワーク支援プログラムに参加しました。

見事に欠勤なし!

一人でとっても喜んでました。(´艸`)

ここでは、「ストレスとは何か」から始まり、どのように人は物事を捉えて行動に移すのか?と言った部分。

また、自分が「うつ病」の中でも、どういった症状のパターンに近いのかを勉強しました。

あれこれ専門書を読み漁り、一番にピンときたのは「燃え尽き症候群」でした。

これは、カウンセラーや教員など「人を支援する」仕事につく人が成りやすく、「人の役に立ちたい!」という気持ちがとても大きい為に自分の力が他人に吸い取られていく状況に陥ります。

まさに私がPJリーダーやサブリーダーとして、プロジェクトの人間関係を修復させようと腐心していた状況に似ていました。

その中で、チームメンバーに力を分け与えすぎて、自分に力が補給できていなかったのです。

「燃え尽き症候群」から「うつ病」へと変化を起こし、私は倒れました。

また、「身体表現性障害」という、気持ちの変化を捉えられずに身体に異常が出て来る体になりました。
(これは恐らくですが、入社当初の上司が完璧主義であり叱責の頻度が多く、思考と感情を分断しないと耐えられなかったためと思われます。よって、ストレス耐性が出来たと勘違いを起こし、感情を通り越して身体に直接に異常が出るようになりました。)

この中で、「認知行動療法」を習ったり、様々なストレスコーピングの方法を学ぶことになりました。

これは、自分の中での「うつ病」になった原因と対峙するということも含まれます。

本当に様々な要因が絡んでいましたが、その中でも影響度が高いものをピックアップして、自分の反射的な思考パターンと、それを改善する方法を追求しました。

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私の中で、「基盤や基準」となっていたのものを一旦は壊す。

その覚悟で臨んだ、終了報告書となりました。

今でも、その内容を時々見返します。

因みに「Milkカフェ」のコラム記事は、ここで学んだことや専門書を要約して提供をしています。


東京の生活に慣れる

6月からは、東京に戻り本格的に復職の準備を進めてきました。

7月いっぱいは、東京支部のリワーク支援センターに通い、仕事に備えて体調と一日のスケジュールを調整しましたね。

不安は確かにありました。

しかし、今まで学んだことを反芻しながら1ヶ月を皆勤賞で過ごしました。

さて、東京の生活に慣れ、8月から仕事に復帰することが決まります。

自分を受け入れるのに苦しむ

最初の8月と9月は、プログラマとして現場復帰。

しかも、かなり短期案件で、弊社の研究所のデータ解析ツールを作る仕事だったのですが、納期期限は2ヶ月後。

超短納期!

しかも、私の特異言語はC#言語だったのですが、そのツールはC#とVBA(Excelマクロ)のハイブリッド。

VBAを突貫で勉強し、なんとか実装を行いました。
(仲間内の部署へのツール提供だったので、仕様変更を押し切られそうになりましたが、私なりに理由を説明し交渉するなども頑張りました。)

そして、本格的に大型プロジェクトに移動。

今に至ります。

しかし、当初は本当に苦しかった・・・

PJリーダーの方針や、そのプロジェクトの動き方が、私の元いたチームと文化が大きく異なっていたため、混乱したのです。

また、倒れる以前は小さい規模ながらもPJリーダーを任されたり、サブリーダーを経験してきました。

その経験が私を、「このプロジェクトはリスクが充満している。はやく危機回避せよ。」と駆り立てるのです。

PM(プロジェクトマネージャー)や課長とも話をし、どの部分がリスクであり、そして現時点の運営方針に関しても、私なりのリスクヘッジ(リスク回避)を提案しました。

私の心の奥が、「もっと走れ。走れ。走れ!お前はこんなポテンシャルではなかったはずだ!」と語りかけてくるのです。

でも、私はPJリーダーではない。

結局、運営方針は覆ることはありませんでした。

私は自分の体力が無いことを受け入れる必要があったし、そもそもマネージメント側にいる人間ではないので、提言をしてもそれは向こうが決めること。

これを学ばなければなりませんでした。

一時期は、私の頭が混乱して、「もっと働け」と駆り立てる心と「今は体を慣らす時だよ」と警鐘を鳴らす心の板挟みになったのです。
(体調が悪化した時がありました。)

今では、「私は今出来ることをしよう。もう一度、新人からやり直そう。」そう割り切って、ある程度すっきりした気持ちで仕事をしています。

でね。

つい最近分かったんだけど、私を他のプロジェクトの体勢に組み入れて、プロジェクトを兼任する形で起用しようという案が出ているらしい・・・

うーん。これは困った・・・(;´Д`)
(理由としては、ある程度プログラムを書けるのが私だかららしい。今のプロジェクトも一時的に「技術的アドバイザー」の立場にいます。現プロジェクトはリプレイス案件ですがプログラム言語を変更しようとしているからです。それと同時に、別のプロジェクトは誰も私の部署に開発経験者がいない言語で実装を始めようとしており、私に白羽の矢がたった模様・・・)

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「Milkカフェ」を立ち上げる

これは、私が「新規事業立案メンバー」に組み込まれたことに端を発します。

実は、入社してからずっと温めていたビジネスモデルがありました。

しかしながら、それを実現する環境が弊社に揃っていなかったのです。

ですが、新規事業のアイデアを部門を跨っても良いという許可が降りたことから、私の案は「検討する」という段階に入りました。
(収益モデルもある程度考えていて、後はコネクションを確立すれば形が出来るというとこまで練っていました。何度も何度もこれは頭のなかでシミュレーションしていたことです。)

まぁ、これはこれでよかったんですけど、私の気持ちは既にその分野のブームは終わっていました。

次のことを考えていたんです。

私の気持ちは、医療と福祉に切り替わっていました。

この分野の開拓は非常に難しく、あくまでもBtoBの形でしか関与が出来ていませんでした。

私の気持ちは日に日に膨れ上がっていて、「私が経験した苦しみを、出来るなら経験しないで欲しい。そして、苦しんでいる人を一人でも救いたい。」と思うようになっていました。

10月ぐらいからなんとなく考えるようになって、何かアクションを起こせないか?と思うようになりました。

ある時、

あ・・・
別に仕事に縛られなくても良い。個人でやってみればいいじゃないか!

と思ったのです。

そこからは、コンセプトを固め、今自分が持ちうるスキルから鑑み、「よし。ベースは出来た。後は徐々にブラッシュアップだ。大事なのはスピード。」となりました。

「Milkカフェにようこそ」は、立ち上げまでに本当に3日もかかっていません。

www.milkcafe-welcom.com

ただし、コンセプトは一貫しているつもりです。

「独りで悩んでいる方と経験者をつなぐ。」

ここからは、このコンセプトは維持しつつ、どのような支援が出来るだろうかとブラッシュアップを続けてきました。

  • セーフティネットを構築する
    (臨床心理士会にお願いを出す)
  • 悩んでいる方が相談しやすいようリアルタイムにレスポンスがもらえる環境を整える
    (掲示板機能)
  • 先ずはある程度カテゴリーを絞る
    (うつ病に関する分野にしぼる)
  • 臨床心理士と話し合いの場を設ける
    (精神疾患の実情の把握と「Milkカフェ」の機能について討議を行う)
  • 他の精神疾患支援サイトとの連携を進めていく
    (双極性障害ナレッジベースサイト「BIPOGRAPHY」との連携)

などなど出来ることは、本当にあらゆる手をつくして走り回っています。
(今現在も、打診中のサイトや臨床心理士さんとの連携を行っています。)

それは、「うつ病」の方。あるいはそうではないかと不安になっている方。

そんな方々を少しでも、支援し互いに励まし合う空間を作りたいから。

私は、闘病中に(今もですが)孤独で辛かったからです。

なんとか克服しつつあると言っても、それはブログを読んで下さっている皆さんに助けられたから。

だから、もっともっとオープンに助け合う場所を作りたいと思ったのです。

私のコラム記事はおまけです。

主役は、悩みを打ち明けたり、それを支援したりする、あなたです。

www.milkcafe-welcom.com

これからも心地よい場所を提供できるよう、努力を続けてまいります。


最後に

こうやって振り返ると、色んなことに挑戦した1年でした。

あっという間に1年が過ぎていきましたね(笑)

また、来年もバカなことをこの雑記ブログには書くと思います。どうぞご期待くださいww

こんな私ですが2018年も宜しくお願いいたします。

そして、重ね重ねのお願いではありますが「Milkカフェ」もご支援頂けると幸いです。
(宣伝チックになってごめんね!)

それでは、2017年もあと僅か。

良い年末をお過ごし下さい。

そして、2018年に読んで下さった方。

明けましておめでとうございます。本年があなたにとって素晴らしい1年となりますよう、心から願っております。

では、いつも通りのお別れの言葉で!!

みんな大好きだよ!!

adios!!