Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milkのメモ帳

死んだ後を大事にするより、死ぬ前を大事にして欲しい。


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こんにちは。Milkです。
もし、あなたが死んだとしたら誰かを祟りますか?

もうすぐ、祖母の命日が来ます。

通夜。葬式。四十九日。一周忌。三回忌。七回忌・・・

言い方は乱暴ですが、私には無価値に思えるのです。

人が死んだ後。それらをすることに。


なぜ死後を大事にするのか

その理由は様々でしょう。

  • 行事の度に、その人を思い出すため
  • しっかりと執り行うことで、その人が極楽浄土へ行くため
  • 行事を疎かにすると、祟られるため

など。

しかしね。私は思ってしまうのですよ。

高い値段の戒名を頂いた方が、死後の待遇が良いなどと・・・

そんな神様クソくらえ!ってね。

「消えてしまいたい」と考えていた

私は、今まで散々苦労してきました。

自分で言うのも変ですけど、本当に色んなことがあったのです。

大学生の頃は「死にたい」と本気で考えていました。

正確に言い表すと、「消えてしまいたい」ですね。

もう、疲れていたのです。

いくら考えても、考えても、考え続けても答えは出ず。

でも、あがかないと直ぐにでも沈んでしまう。

もういっそ沈んでしまおうか。

そう思うときがありました。

様々な問題が山積していて、私を押し潰そうとしていた。

押し潰されて無気力になるという方法もあったのかもしれない。

だけれども、それを許してくれるような家ではなかった。

そして、そんな自分も許せなかった。

だから、苦しみから抜け出るには「消えてしまう」が楽に思えたのです。

唯一、私にその選択肢を選ばせなかった者は「痛み」でした。

どのような方法をとったとしても、死ぬのは痛いだろう。苦しいだろう。

そのぎりぎりが、私を踏みとどまらせていました。

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今でもその余波は私を時々苦しめます。

その内情の一部を酒の席で、同僚に話したことがありました。
(先輩方にあたります。)

返答は、「そんなものお前の人生なんだから、好きにしちまえばいいんだよ。」でした。

私は、怒りに耐えていた。

出来ることなら、そいつの胸ぐらを掴んで頭を壁にぶち当てて、

俺の苦しみ。俺の生きてきた時間。俺の痛みの何が分かる。
そんなに簡単なら既に決着はついてる。しかし、不可能だから俺は苦しんでいるんだ。
知ったような口をきくな!
なら、俺と人生を代われよ。代わってみろよ!覚悟があるなら脳みそを入れ替えるか?

そう言いたかった。

テーブルの下で拳を握り、怒りで震えながら、しかし笑顔で、

そうですね。私が不器用なので。

と答えました。

もう二度と、他人には話すまい。そう誓いました。

根掘り葉掘り聞いてくる人物ほど、無責任で、人の心を土足で踏み荒らし、最後には靴まで顔に投げつけて帰る。

誰も信じたりしない。私は人という動物が心底嫌いです。

死後に誰かを祟るか

仮にです。仮にですよ?

死後の世界があるとしましょう。
(そんな世界が存在するとは毛頭思ってもいませんがね。)

じゃぁ、私が幽霊になって誰かを祟ってやるか?

そう考えると、意外とそういう気持ちは湧いて来ないのです。

女子更衣室を覗いたり、女性風呂に侵入したり、もっぱらそちらに勤しむことでしょう(笑)

苦しんだり、悲しんだり、憎んだり。

それは過去のこと。

たぶん、「もう関わりたくない」が正解なんでしょう。

もう一度、そのような過去を思い出すようなことを、死んでからも自ら行動に移すことなんてアホらしい。

全てを忘れてしまいたい。

そう私は思うのですよ。

だからきっと、死んで仮に幽霊になっても、私はスケベな幽霊にしかなりませんからね。

ご安心下さい(笑)

あと、いくら成仏を願っても、こんなチャンスはないのでしがみつきますからね!ww

「恐れ」による供養は自分のため

結局のところ、供養をするのって自己満足の世界なんじゃないかって思うんです。

生前に、色んなことをしてあげれば良かった。

あるいは、何かの仕打ちをしたので見逃して欲しいとかね。

声を大にして言いますよ。

「そう思うなら、生きているうちにしろ。」

どんなに死んだ後にお金をかけても、心を込めても、その答えははっきりは返ってきません。

届いたかのすら怪しいのですから。

ならば、生きているうちにしてあげればいいじゃない。

簡単な話です。

生前に心残りがあるから、死後の供養に一生懸命になるのです。

供養を定期的にしないと思い出せないぐらいの人なのですか?

その時点で、仮に死後の世界があったら祟られてますよ?(笑)

だからね。供養なんて、その人のためなんて言いながら、行き着くところは「自分のため」なんですよ。

所詮、自己満足です。

だから、私は出来ることなら遺書には「葬式も供養も何もいらない。焼いて骨になったら、風にのせて何処かに吹き飛ばして欲しい。」と書きたいですね。

それか、土に埋めて肥料にしてくれてもいいですよ?(笑)

骨って肥料になるのかな?(;・∀・)

まぁ、それぐらい死後に何されても意味ないと言いたいわけです。

負担になるだけだし、所詮、彼らの自己満足ですからね。

仮に幽霊になったら、笑ってやりますよ。

遺書に散々書いてやったのに、今更金をかけて供養してやがる。バカだねぇ。
お墓の前にはいません。千の風になって女子更衣室にいます〜♪


最後に

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生きているうちに精一杯、その人の力になってあげてください。

病で倒れたとしても、寿命を全うしたとしても、その優しさ、献身的な支えは、その人の心の糧になったことでしょう。

決して、誰かを恨んだり、祟ったり、苦しめたり。

そんなことは出来ないし、仮にそんな世界があってもしたりはしないでしょう。

感謝の気持ちでいっぱいのはずです。

だから、死後の供養なんてどうでもいいのさ。

人は死んでから大切にされるよりも、死ぬ前に大切にされたいのだから。