Milkのメモ帳

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「死ぬ死ぬ詐欺」をするかまってちゃんについて


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こんばんは。Renaです。
今回はちょっと困った人たちの話です。

よく、かまってちゃんが「死ぬ死ぬ詐欺」というものを働きます。

自分に注意を向けたいがために、「死んでやる」「死にたい」というのですが、本人に死ぬ気はありません。

あくまで構ってもらうために言っているので、本気度はとても低い。

放っておいても死にませんし、構ってあげる周りの方が疲弊していくため、このかまってちゃんの「死にたい」は「死にたいと言っているうちは死なない」ものとして無視されることも多くなりました。

私の体験

私もこのかまってちゃんの餌食になったことがあります。

その方は大学の先輩(男性)でした。

毎晩電話をかけ、彼は私にこういうのです。

「もう生きていてもつらいことばかりだ。死にたい」

はじめのうちは私も「先輩が死んでは私はつらいです」「どうか生きてください」と励ましていました。

様子がおかしい

が、徐々に様子がおかしいと思うようになりました。

先輩は、はじめのころの電話での深刻さが薄れてきて、半分嗤いながら「死にたい」というようになったのです。

自嘲のような笑いでしたが、「本当に死にたい人がこんなに嗤うのだろうか?」と思った私は、勇気を出してこう言いました。

「死ぬんですね。わかりました。いつ亡くなられますか?今日ですか?明日ですか?」

すると先輩はしどろもどろ。

先輩「いつかっていわれると…いつだろうねぇ…」

「じゃあ、死なないんですか?」

先輩「…」

結局はぐらかされ、本気で死にたいのではないことがわかりました。

ほかにも被害者が

この件で疲弊しかかっていた私は大学の友人(女性)に相談しました。

すると彼女も「私にも同じ電話がかかっていた」というではありませんか。

どうやら先輩は「女の子に構ってほしくて」「寂しい夜を乗り切るために」様々な女子学生に電話をかけていたようでした。

この友人が電話に出るのを避けるようになったため、次のターゲットとして私が選ばれたこともわかりました。

懇意にしていただいている大学の先生にこのことを相談したところ、先輩は即刻病院に連れていかれました。

結果として「メンタルの病気」であると診断され、治療を行うことになったと、先生から聞かされました。

学んだこと

私がこの件から学んだのは次のことです。

まず、本当に死にたいか見極めるには「いつ死ぬのか」を聞いてその覚悟をはかるのが有効であるときがあること。

(ただ、これは慎重に行うべきです。本当に今にも死のうとしている人に対して言うと、「早く死ね」と言っているようにとらえられかねません。)

次に、「死ぬ死ぬ詐欺」をしている人は健康なかまってちゃんというよりも、すでに精神を病んでしまっている可能性があること。

ここは多くの誤解があると思います。

心身ともに健康で、ただ目立ちたがり屋で言っているという認識が多いと思いますが、実際はそうでなく、「死にたい」を連呼している時点ですでに正常の範疇から出てしまっていると見た方がよいようです。

単にうつ病でなくても他の病気である可能性があります。

病院に行き、正しい治療を受けるべき人なのです。

また、治療を受けるのは何も本人のためだけではありません。

相手をするのに疲弊しきった周囲の人たちを救うこと、これ以上そういう人を生まないことにも効果があります。

さいごに

私は「死ぬ死ぬ詐欺」には反対です。

そんなに軽々しく「死」という言葉を口にするべきではない。

けれども、この「死にたい」が何らかのSOSの表れである可能性は捨てられません。

先輩が本当はメンタルを病んでいたように。

一様に「死ぬ死ぬ詐欺だ」「これだからかまってちゃんは」と切り捨てることもなんだか正しくないように思えるのです。

先輩は治療の甲斐あって現在はごく普通に暮らされていると聞いています。

私のところに電話がかかってくることももちろんありません。

「死にたい」の本気度に依らず、そういう人は病院に連れて行って専門家の目で判断してもらうのが一番なのでは?と最近は思っています。

素人の私たちにできるのはSOSを発信しているのをちゃんと受け止めてあげることで、その後の解決は医師に任せる方が結果としてみんな幸せになる気がしています。

みなさんはどう考えますか?