Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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謙虚さは世の中で売りにならないのか?


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こんにちは。Renaです。
懐かしの高校時代の話から始めますね。

推薦入試

高校入試の際、私は推薦枠を利用しました。

この枠を得るために中学3年間、学級・部活の長をし、絵画や作文で賞歴を重ね、優秀な成績を維持しました。

目指す高校は田舎の小さな公立高校でしたが、地元では進学校として知られていました。

幼い私にとっては憧れの高校でしたので、そのために努力を続けたのです。

無事推薦状を頂け、推薦入試を受けることになりました。

入試内容は小論文、集団討論含む面接、それと事前の自己推薦状の提出でした。

この自己推薦状が私にとって鬼門でした。

自己推薦状

私はそれまで積み重ねた賞歴と就いた役職をA4用紙に書き連ねました。

用紙1~2枚ほどになったと思います。

我ながら3年間よくここまで頑張った…とこれまでを振り返りつつ、学年主任の先生に提出。

しかし先生からは大激怒されました。

「隣の中学の生徒は12枚分書いているというのに、あなたにはやる気があるのか!本当にこの高校に入る気があるのか!!」


…自己推薦状を突き返された私は涙が止まりませんでした。

3年間必死に頑張ってきた。

その成果をまとめた。

なのに、教師に怒られるなんて目に会ってしまった。

意味が分からない…。

自己アピール

その先生が言いたいことは「もっと自分をアピールしろ」とのことでした。

しかし私は迷いました。

愚直に努力することしか知らない私の自慢は、努力家であること、そして何より謙虚であること

自慢せず、見栄を張らず、淡々と事実のみを述べた推薦状ではなぜだめなのか?

A4用紙12枚分にわたって自分ageする文章を書く私は本当に謙虚なのか?

自分を見失ってはいないか?


ーーどうしてもその高校に行きたかった私は、その夜、泣きながら、母親とともに推薦状を書きました。

母も困惑していました。

枚数でやる気を評価する教師の態度にまず疑問を抱き、次に12枚も一体何を書くことがあるのかと考えていました。

翌日なんとか3~4枚にまでなった推薦状を提出しました。

教師は不満げな表情でしたが、受理してくれました。

転職活動

現在私は就活(転職活動)中の身です。

書類審査や面接では自己アピールは欠かせません。

ですが、高校入試とは異なり、スキルやこれまでの成果を端的にまとめる必要があるのは正直助かっています。

とうとうと、自分を褒めたたえるようなことを人前でするのは苦手です。

たとえ嘘偽り、誇張がなかったとしても、です。

淡々と事実で私を示していくのが私らしいやり方だと思っています。

世界では

世界では日本人は「自己主張が弱い」と言われます。

けれどだからと言って、日本人のやり方を世界標準に合わせていくことはないと思うのです。


主張はしないけれど、黙ってたたずみ続けるところに我々の良さがあります。

自分をあえて小さく見せ、周囲を立てるところに我々の美学があります。

人を押しのけて前に出なくても、人が自然と道を譲ってくれるのが我々の理想のはずです。


逆に、自己主張が苦手な日本人が、その練習をいくらしたところで、マイナスが0になるくらいだと思うのです。

それなら今プラスのモノをより大きなプラスへ高めた方が効率的でもあります。

評価はされる

入試の話に戻します。

試験等の結果、私はトップで合格しました。

高校側の先生方は私のあり方を認めてくれたのだ、と私は思っています。

ちゃんと見る人は見てくれているのです。

片田舎の高校入試という小さな世界の話ですが、もっと社会とか世界とか広い範囲にも拡張して言えることなのではないでしょうか。

この記事自体が自慢げになっている感は否めないのですが、私たちは謙虚さをもっと誇っていくべきだし、それを評価する場もあるはずという主張がしたくて、このような内容となりました。

自分を卑下しろとまでは言いません。

卑屈であることと謙虚であることは異なります。

そのあたりも難しい話になるのですが、それはまた後日。

さいごに

自己アピールの上手い、自信に満ちた人の魅力は太陽のような輝きをもって我々に映るわけですが、謙虚な人のたたずまいは月のような静けさや雰囲気をもって我々を惹きつけ、癒してくれます。

どちらも異なる魅力があり、その特性を否定することはありません。

謙虚さは足を引っ張るような欠点ではなく、私たちをうまくアピールする長所ではないでしょうか。