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Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milk's Memo Note

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

口に出すことには意味がある。

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こんにちは。Milkです。
少し以下のような記事を読みました。

www.taiyaki-oyako.com

この記事を読んで、「ネガティブな事を言い続けることは悪なのか?」という問題提起がなされていましたから、私なりに少し掘り下げて記事を書いてみます。

恐らくは、これはただの不幸自慢の記事になるでしょう。

先に私の結論を申し上げると、「ネガティブな事を口に出しても構わない。」が答えです。

私を支配するもの

実は、これは今のリワークカリキュラムの中で、整理を続けているテーマです。

私は心配性なのです。とてもネガティブです。

その結果、私は人を信じず、人を嫌い、人を憎む。

これを繰り返してきました。

母親にも言われましたね。

母親「あなたは、心の中を誰にも見せない。それは辛く苦しい生き方だ。」

仕方ない。そうでないと、俺は生きてこれなかった。

一人で人に期待して、そして一人で失望して悲しみました。

そうであれば、最初から誰にも期待しないほうが良い。

俺は独りで生きるのみ。そう信じてきたのです。

さて、ここまで自分だけに頼り、自分が恐れていた要因は、「貧しさ」でした。

それは、今だからちゃんと理解できます。

なぜ、倒れるほど働いて、自分に自由な時間を与えようとしなかったのか。

それは、心のどこかで「明日、私は生活出来るだろうか?」という恐れが、私を支配していたからです。

父の経歴

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私の父は、有名な住宅メーカーの子会社に入社します。

そこで先ずは営業として配属されました。

父は理系の大学で、当然ながら建築学部を卒業しましたが、会社の方針として各部門を均等に経験させるという方針だったようです。

父はそこでトップのセールスを叩き出します。

そして、営業部長と方針が異なるならば、異を唱える(私はそれを受け継いだのですね(笑))というスタイルでした。

まぁ・・・いわゆる、根性論に対する反旗と言ったところです。

営業もロジックで攻めなければ収益は上がらないし、評価も数値化して行うべきだとの話です。

この会社で、セールスマンのスキルを習得しました。

この頃の残業は月200Hだったらしく、「嘘じゃない?」と最初は思いましたが、話を聞いているとあながちそうでもないようでした。

つまり、家にほとんどいない。シャワー浴びてまた出社。休みの日は月に数日だったようです。

その後、会社の方針に合わないと決断したらしく、その会社の社長(子会社でしたからねぇ)が別会社を作るというのに賛同して、退職するという道を選びました。

元の会社の精鋭が集まったようなのですが、上手く軌道にのらず大変に苦労したようです。
(優秀な人材が集まったとしても、新しい道を開拓するというのは難しいものです。)

さて、祖母が体調を崩したので、家を売ってまでして地元に帰るということをしました。

鹿児島で再就職し、一級建築士になるべく、仕事と、勉強を平行していました。

これは私も記憶にあります。父は仕事机にいて、建築の法律の本を幾つも抱えて、常に勉強をしていました。

そして、異例の若さで一級建築士の資格を取得するのです。

そこからしばらくして、自ら建築事務所を開設しました。

今でも、父は働き続けています。きっと彼に定年はないんじゃないかな?(笑)

極貧時代

建築業界が一気に冷えきった時代がありました。

それは、リーマンショック(2007年)よりも前です。

私が中学生ぐらいの時でしたから。

つまり、中学生の頃に、建築業界の大不況が到来し、その後にリーマンショックのダブルパンチを食らったのです。

父は本当に優秀な技術者でした。

取引する会社は数多くあったのです。しかし、不況となれば先ず切る場所というと外注先を切るのが鉄則です。

私たちも例外ではありませんでした。幾ら優秀だとしても、案件自体がないのですから外注先に回す余裕なんてないのです。

また、そもそも仕事を回してくれていた会社自体が潰れるということも発生しました。

金の切れ目が縁の切れ目。

こんな私たちに、銀行は融資をしてくれなくなりました。

もう、収入はないし、お金も借りられない。

一体どうしたらいい? もうお手上げ。

家族は5人家族。

私が一番上です。弟と妹がいます。

月収0円が、ずーっと続きました。

子ども心に何となく「ホームレスになるのも仕方ないかも。」と覚悟を決めたのを覚えています。

それは、浴槽に少しのお湯をはって、寝るようにして浸かっていた時でした。

お腹が空いても、水でごまかしていた時もありました。

親に「お腹すいたの?」って言われても、「ううん」と答えました。

水ならそんなに高くありません。水をたくさん飲んで、お腹いっぱいにして寝ていました。

父は壊れた

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父は母には色々と話をしていたと思われます。

仕事の状況。不安な気持ち。

母に出来ることは、それを聞くことと、そして内職をすることでした。

今でも覚えています。私たち3人の子供たちと一緒に、地元情報誌にチラシを織り込むアルバイトをしていました。

私たちも一生懸命に手伝いました。指サックをはめて、チラシを一枚ずつとって地元の情報誌の中に入れ込みます。

それを最後にはポストに投函するのですが、1つ投函しても何十円だった気がします。

それでもないよりマシですし、子供たちに出来ることは「一生懸命に手伝うこと」でした。

父は契約になる確率が低い案件でも頑張って取りに行っていましたし、少ない仕事でも一生懸命に頑張っていました。

しかし、契約までたどり着かなくて、結局0円ということも多かったのです。
(下請けとしては、家の契約が完了し、その売上金額の何%を受け取るという形態です。つまり、お客様と打ち合わせを重ねても、契約にならなければタダ働きなのです。)

遂に、父は壊れました。

ある日のこと、父を残して外出して帰ってくると、部屋中が小麦粉だらけになっていました。

父は何か料理をしようと思ったのでしょう。でも、何か気に食わないことがあった。

小麦粉を入れていた器ごと床に叩きつけられていました。

そして、父は居ませんでした。

数時間後に帰ってきたのでよかったですが、今でも衝撃的で頭の中に鮮明に残っています。

別の日は、父は布団に頭までうずくまって涙を流して寝ていました。

急須がふすまをぶち破って、押し入れの中が茶っ葉と水でびしょびしょでした。

時には、何気なくトイレに入ると、変色している箇所を見つけました。

壁に日本地図を貼っていたんですけど、明らかにライターで焼いた跡がありました。

何をしようとしていたのか理解した時、ぞっとしました。



父の目はうつろで、子どもの前で威厳を保っていた、以前の父の姿はありませんでした。

父はうずくまって泣いていて、母は父を抱くようにして話をしていました。

それを私は、遠くから見ておくことしか出来なかったのです。

父がネガティブなことを言わないようにしていたとしても、どういう状況なのかは子どもは意外と分かっているものです。

徐々に景気が回復する

父は、精神科あるいは心療内科に行ってもかしくない状態だったと思います。

寧ろ、行かせてあげた方が良かった。

父の中でも何か抵抗感があったのでしょう。

彼は自身の力と、母のサポートで、もう一度自分の精神を復活させました。

私が今でも、父を超えられないと感じたり、父を誰よりも尊敬する理由はここにあります。

彼は決して最後まであきらめなかった。

母は、父がネガティブな事を言い続けることを、しっかりと受け止め続けた。

それが母は自分の役目だと言っていました。

母親「お父さんはね。本当に凄い人なんだよ。でも、不安なことがあると、それで心がいっぱいになるの。それをちゃんと出させてあげないと壊れてしまう。それが私の役目なの。」

夫婦とはこういうことなのかと、私は中学生の時に少し理解できた気がします。

徐々に景気が回復し始めると、父には仕事がどんどん入ってくるようになりました。

やはり、父の技術力を覚えてくれていたのでしょう。

今では仕事を選ぶことも出来るようになったのですよ?(笑)

年間で波こそあれ、収入の調整をしたりもしています。

でも、自営業に安定はありません。

いつも、「極貧時代」のリスクを背負いながら生きるのが宿命なのです。

ネガティブな事を言うのは悪なのか?

様々な意見があると思いますが、私は一概にこれが悪だとは思っていません。

何故なら、これは一種のストレスを減少させる自己防衛機能だからです。

ネガティブな発言を禁止された時

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私は心配症です。

仕事を任せられた時、新しいことをしようと動き出した時、私には「失敗せずにやらなくては!」という気持ちが先に働いてしまいます。

これは、私の「極貧時代」のトラウマがニョキッと頭を出してくるからです。

もしも失敗したら、私には仕事が来なくなるかも。私の評価は悪くなるかも・・・そんな気持ちでいっぱいになります。

だから、つい口に出して「心配です。」とか「上手く行くか不安です。」と言ってしまうのです。

これは口に出すことで、自分に「大丈夫。きっと大丈夫。」と言い聞かせる意味もありますし、周りに「お願い!助けて!」って信号を出している意味もあります。

心が不安でいっぱいなんです。

私の仕事はかなり矛盾した作業をしなければならないのです。

「リスク管理」というもので、これから先、起こる可能性のあるリスク(マイナスな出来事)を予見し、対策を打つということです。

マネージメントの基本です。

しかし、これを考えだすと、「〜が起こるかもしれない。」を列挙せねばならず、ますます私の不安は大きくなっていきます。

それは数%の確率しかないと分かっていながらも、最悪の事態を想定して対策を打つ。それがマネージメントですから・・・
(キーパーソンが事故等で長く現場から離れるなど。なさそうで実際に起こるから困るのです。)

上手く対策が練れればいいですが、対策が思いつかないパターンもあり得ます。

また、どんどんリスクが掘れば掘るほど出て来て、頭がいっぱいになることもあるのです。

だからつい、「こなせるか不安です。」とか言ってしまう。

すると、上司から「どうにかなるんだから、そんなこと言うなよ!」と言われます。

そうすると、何も言えなくなって口を閉じることにしました。

また、元カノに話をしたこともありました。でも、楽しそうではありませんでしたし、私の言うタイミングが悪かったのもあって、険悪なムードになったのです。

ここでも話をするのを止めました。

親に話をするという手もありましたが、その頃は私と実家はあまり関係が上手くいっていなかったのです。

私は誰にも何も言えなくなり(言ったらいけないと思いずっと黙っていた)、元気なふりをし始めました。

最後にはご覧の通り、そのストレスは頭で感じるを通り越して、身体表現性障害という身体の不調として表れるという結果になったのです。

結局、どうしたら良かったのか?

リワーク支援プログラムに通うなかで、アシスタントの方に言われて、はっと気付かされることがありました。

私は自分の感情を表現するのを諦めていました。

それに、何を話したからと言って、問題が解決するわけではない。

ならば、相手を不快にして終わりだ。だからしゃべらない。

そう結論付けていたのです。

アシスタント「自分の思っていること、不安や心配は誰かに話しましょう。」

私も変わりたくて、思い切って彼女に自分の心配事を話してみました・・・でも、根本的な解決にならないですよね? 意味があるんでしょうか?

アシスタント「それは期待する役割を間違わないことです。Milkさんが感じていることを、身近な人に聞いてもらうことはストレスを減らすことに有効です。ですが、問題は解決しません。根本的に解決するには、上司に話をする必要があるでしょう。ですから、Milkさんを支えてもらうことと、問題を解決すること。これを混ぜてしまってはいけません。心の中を吐露するのは大事ですが、その意味を考え、適切な相手に話すことが必要です。」

そっか・・・そうなのか。

私は誰かに全てを頼って、解決しようとしていました。

もう少し広く視野を設けるべきだったのです。

解決もしないのに、誰かに仕事の愚痴をいっても無駄だって思っていました。

心配や不安を言うことは、相手を不安定にさせて良くないとも思っていました。

でも、意味を持って話すことが大事だったのです。

自分の精神的な部分を支えて欲しい。そのために、奥さんや彼女に話をする。親に話をする。

仕事の問題を根本的に解決したい。そのために、上司に掛け合う。ダメならその上の上司に。

そうやって、上手く切り分けることが必要です。
(私からの視点での話ですみません。)

もやもやしていたものが少し晴れました。

身近な人に自分のネガティブな感情を伝えても良い。

不安なら「不安だ」って言っても良い。心配なら「心配だ」って言っても良い。

最後に、「聞いてくれてありがとう」って言えると、尚良いのかもしれません。

もし、聞く側になったならば、「上手く聞き流す」という風にしてあげてください。

全部を全力で受け止める必要はありません。

その人は、「不安や心配」を口に出して、何が問題なのかを同時に考えていたりします。

つまり整理してるんです。

もし、アドバイスが欲しかったら、「どうだと思う?」って聞いてくるでしょう。

聞く側も、事細かに聞くと疲れます。この人は、今、心を吐き出して洗っているのだと思って、眺めてあげて下さい。

場所が良くないなら、「今はちゃんと聞いてあげられないから、別の場所で、何時くらいなら話を聞けるよ」って言ってあげましょう。

そうすればその人は、はっと気づいて、「ごめん。その時に話すよ。」ってなると思います。

最後に

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男はどんと構えて、何でも受け入れて、強く立つ!

というのが理想かもしれません。

しかし、それが出来るのは、奥さんや彼女の力も大きいのです。

男は意外と脆いし、弱い生き物です。

色んな心配があるんです。収入のこと。仕事のこと。育児のこと・・・
(実は、収入や家族間の調整の点でも私は苦慮していました。それを上手く元カノに話せませんでした。)

折れる時は、ボキッと折れてしまいます。特に私のようにしなやかさが無いタイプは、突然に折れます(笑)

女性が「女子会」などを通して、上手くストレスを制御しているというのは、合点がいきました。

男はなかなか「男子会」が出来なかったりするんですよね(笑)

もちろん、女性がストレスがないわけではないし、女性もパートナーに話を聞いて欲しいと思う時が沢山あると思います。

どちらも立場は対等です。互いに色んなストレスを抱えて生きているのです。

各家庭でその折り合いの付け方は異なるでしょう。

互いに支え合う。

ぶつかるなら、上手く調整しあう。

自分の心の中を適切に表現する。

これが大切だと思っています。

自己重要感

「生きる価値がない」というワードが、隊長さん (id:outdoor-kanazawa) の記事にありました。

これは、自己重要感というものにつながるでしょう。

これもまた私の課題でもあるのです。

私は、自分を自分で価値があると定義出来ませんでした。だから仕事で周りから認められることで「自分の存在意義」を定めようとしていました。

つまりは、承認欲求の固まりだったのです。

とある本を読んで、その思考自体が間違いであると述べられていました。


最後の章に「自己重要感」を扱っている部分があります。

以前の私のリワーク作業でプレゼンにまとめたので、ちょっとそっちを貼りますね。

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「自分には常に価値がある」というもので、そもそも価値があるないを実感することは難しいのです。

今、私たちは地面に立っていて、地面はずーっと真っ直ぐに見えます。しかしながら、地球は丸い。それは真実です。

それと同様に、自分の価値というものは実感は難しくても、存在することは事実なのです。

特に、それを実感したくて「他人の評価に委ねる」という行動に出ると、自分の価値は変動するようになります。

仕事での評価や、周りの友人からの評価で、自分の「自己重要感」、つまり存在意義を定義しようとすると、周りの環境が変化すると自分もそれに合わせて変動してしまうのです。
(それによって満足感を得ることは間違いではありません。しかし、「他人の評価=自分の存在意義」と直結してはいけません。)

また、自分を自分でコントロール出来ていないということになります。

難しいですが、私たちは私たちで価値があると信じることが大事なのです。

相手が自分の価値を定めるのではない。

価値は常に存在し、それは変動しない。

それが大切です。

さて、長くなってしまいました。

上手くまとめられているか心配ですが、私の何かと重なる部分がある気がしたので、私の頭の整理のために記事にさせて頂きました。

リスクは常に存在し、私たちは何に出会うか分かりません。

しかしながら、それに対し出来ることをしたのならば、後は悩んでも意味はありません。

また、問題は誰か一人が抱えるものでもありません。

互いに上手に抱えて、互いに乗り越えられたら素敵ですね。