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Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milk's Memo Note

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

正論が人を救うとは限らない

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こんにちは。Milkです。
この記事はRenaが書き、下書きに眠っていたものです。

投稿を迷ったようなのですが、私を客観的に見た時にどのように映るのか考えさせられたので、許可をもらって投稿することにしました。



以下、Renaの文章です。

Milkと話をしていましたが、私は黙って聞いていられませんでした。

Milkの意見

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彼の考えはシンプルで、正しいです。

自分の行いに責任を持てというもの。

遊びほうけようと構わないが、それによって生じる問題もまた受け入れなくてはならないよ。

それが嫌ならコツコツ将来を見据えて計画的に行動すべきだよね、と。

例えば就活であれば、大学生活を遊んで過ごそうと構わないが、それによって就職できる企業が絞られ、条件が悪くなることに文句を言ってはならない。

条件がいいところ、自分の希望するところに就職したいのであれば、卒業後を見据えて大学生活を送る。

えり好みしなければ今は職はある。

それを自分が努力しなかった癖に、条件をつけて企業に絞り込みをかけて、どこも通らないと嘆くのは違う。

自己分析など就活という機会が与えられて初めてするものではなく、普段から時間をかけて自分と向き合うことでしておくものだし、大学時代頑張ったことがないと就活時に焦るなんてあり得ない。

Renaが思うこと

Milkと付き合う中で思うのですが、彼の考えは正しく、強く、厳しいです。

確かに正論なのです。

だから反論なんてできません。

ただ、違和感というか、もっとまあるく受け止めたり考えたりすることができるのではと思うことがあります。

彼の考えは正しく、強いですが、しなやかではないと感じるのです。

家庭環境とか

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Milkの育ってきたお家の方針では、自己責任を大変重要視するようです。

小学生の時、忘れ物をしても届けてくれなかったと。

忘れたのはお前の責任なのだから先生に怒られてこい、と。

私は電話をかければ忘れた体操着を急いで届けてくれる家でしたので、うーん、なかなか厳しいけれど、正しいなと思いました。

確認したことはないですが、うちの親は、我が子が困っているなら助けようとか、小学生のうちから自己責任を求めるのは酷であるとか思っているはずです。

私は親に迷惑をかけて、その姿を見て「これはもう二度としてはならないな」と反省しました。

Milkのお家の場合は、先生に怒られて反省するといった感じでしょうか。

例えば就活とか

就活の話に戻すと、Milkの言っていることはとってもよくわかります。

自己分析なんて常日頃からしておくものだと私も思いますし、今この瞬間を真摯に生きていれば、大学時代頑張ったことが思い浮かばないこともないのです。

何も考えずに遊んでいたのに、その結果生じる問題を受け止めずに、いい条件で就職先を探すことにこだわったり、就活失敗を世間の風潮のせいにしたりするのは変です。

変なんですが、遊び呆ける学生、人に責任転嫁したい就活生の気持ちもわかるのです。

大人でも子供でもないモラトリアムの時代。

責任は都合のいいところだけ負える。

それを謳歌する。

死にたいと軽々しく言うな

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Milkの考えは頑張る人には優しく、そうでない人にはとことん厳しいものだと感じます。

「死にたい」と軽々しく言うのを彼はとても嫌います。

本当に「死に迫られている」人に対して失礼だ、言葉を軽んじている。

そんな奴なんて死にたいなら勝手に死ねばいい。

それぐらいで死にたいならば、これから先の人生、数えきれないほどの場面で死ぬことになる。

気を引きたいがために、あるいは自己責任を逃れるために「死にたい」というワードを振りかざすならば、今死んでしまえ。



Milkは本当に「死に迫られている」人にはちゃんと寄り添える人です。

無闇矢鱈と死ねとは言いません。

そこの分別はついて対処できます。

ですが、ここでも私は軽々しく死にたいと言ってしまう人の気持ちもなんとなく、わかるのです。

そして、その人たちが死にたいと言わないためにはどうすればいいだろうと考えたり、死にたいという気持ちになるのはどうしてだろうか、そうだね辛いんだねと言ってあげたいとか思ってしまうのです。

彼の生き方はどこから生まれるのか

Milkのようなしっかり将来を見据えて計画的に今を生き、過去への後悔のない人と、ふらふら生きて後ろを振り返っては悔やんでいる人との違いはどこで生まれるのかと思いました。

やはり育ってきた環境が違うから〜ということなんでしょう。

うーん、でも社会に出たらMilkの生き方の方がよいです。

それなら、言ってしまえばアマちゃんな環境の中で生きてきた人には、その生き方は大人ではないんだよと教えて、より正しい方向へ導いてあげたくなるものです。

いきなり自己責任の世界の住人にするのは酷であるから、誰かが教えてあげなくてはと思うのです。

人は強くない

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人はそんなに強くも正しくもいられないと思います。

強くあろうと努力する人をまず救ってあげるべきなのですが、正しくない人のことも見捨てたくないです。

私が忘れ物をして、忘れ物を届けに来る親の様子を見て「もう二度とするまい」「悪いことをした、ごめんなさい」と思うように、

先生に怒られたり忘れ物で困ったりしなくても、反省したり正しい道を知ることはできると思うのです。

就活上手くいかなくて死にたい、という人に、君の死にたいは自業自得だし、その程度の問題で言う死にたいは言葉が軽すぎると言うこともできますが、

そうだね、それほど辛いんだね、今回のことでよく学んだよね、と言うこともできます。

最後に

Milkです。

昨日に「Milk’s Radio」の収録が完了しなかったのは、このような話を互いに意見交換していたためです。

こうやって、対等に話せる相手を持てたことは、たいへん嬉しく思います。

しかし、Renaからはいくつか、心に刺さる言葉もありました。

Milkの考え方は「正論」だし、何も間違っていないよ。
でも、厳しすぎるよ・・・
そして、怒られている気分になるの・・・

そういうつもりはなくて、正義感で話をしたつもりですが、それは威圧的に伝わっていたようです。

こうやって、素直に気持ちを言ってくれる人は貴重です。

私の中で、許容性と自らの芯。

それをどのように両立させるのかという課題が見えてきました。

Renaを批判するつもりもなくて、彼女の言うことも一種の正しさだと思うのです。

私は自分のコアを今、スクラップ&ビルドしようとしています。

だからこそ、客観的に、そして指摘されたことを、しっかりと心に刻んで受け入れる必要があるのです。

皆さんはどのように生きたいですか?

この質問自体がナンセンスでしょうか?