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Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milk's Memo Note

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

私のような精神病患者も街を普通に歩いていますよ

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こんにちは!Renaです。私は躁うつ病という精神病を患っています。

1人、モールでウィンドウショッピングをしていて、不思議な気持ちになったことがあります。

誰も気づかない

私は先に書いたように、2大精神病のひとつである躁うつ病を患っていて(もうひとつは統合失調症です)、精神病院にも2回入院したことがあります。

差別的な言い方ですが、世間から見ると「オカシイ人」です。

でも、そんな人が街中を普通に歩いているとはだれも思いもしない。

周りのおしゃれなカップルや仲良さそうな家族連れは、私が精神病だとは思いもよらないですれ違っていく。

彼ら・彼女らの普通の幸せなひと時の中に、私もいる。

そんなことを思ったのです。

イメージとのギャップ

その時の私はそれなりに身だしなみに気を付けていたので、精神病患者のステレオタイプであるような、ボサボサの髪に狂気を宿した目、不審な動き、というわけではありませんでした。

傍から見れば買い物を普通に楽しむアラサーです。

世間が精神病患者に対して持つイメージとは裏腹に、精神病自体は目に見えないということ、またメディアなどで作られたイメージと実際とギャップに、言葉にできない不思議な感覚に陥ったのです。

目に見えないことのメリット・デメリット

メリット

目に見えないことで、得をしている面があるのは確かです。

お陰で「精神病患者は犯罪者予備軍だ!」という人たちから石を投げられたことはありません。

私がそばを歩いたからといって子供をかくまうようにする親御さんもいません。

とにかく、差別偏見の目を持つ方から身を守れています。

デメリット

しかし、同時に目に見えないからこそ、実態を把握してもらえていないとも感じます。

よく言われるように病気の辛さを理解してもらえないのが一点。

心に負った傷は目に見えないですし、人と比べることもできません。

どんなにつらくても、想像力のない相手には伝わらないものがあります。

そしてもう一点は、社会の一員として存在することにすら、健常者に気付いてもらえないということです。

穏やかな日曜の午後のモールで買い物をする風景の中に精神病患者も混じっていること、国や自治体、企業が作ったルールや制度の中に精神病患者も組み込まれて生きているということまで、なかなか考えが及ばないのです。

目に見える障害との違い

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身体障害者、たとえば車椅子に乗っている方が電車を利用する様子を見ると、

「駅員さんにああやって手伝ってもらっているのだな」

「苦労や不便も多いのだな」

「でも外出はしたいし、用事もあるだろうし、手助けがあればそれらもクリアできる」

「そういう意味では自分たちと何も変わらないよな」

など、自然と考えることがあります。


でも精神病だとそんなことは滅多にありません。

精神病に関する情報に触れる機会と言えば

「例の犯罪者は精神病歴がありました」

「あの殺人鬼は精神鑑定を受けることになりました」

といった報道ばかりです。

これくらいしか精神病患者の存在を認識する機会はないように思います。

目に見えない・認識できないのに、数少ない受け取れる情報がそのようなものでは、余計に異質さが目立ってしまいます。

患者も気づかない

買い物をしていたカップルや家族連れの中に、もしかしたら私と同じ病気の方もいるかもしれません。

けれど、そんなことはいちいち尋ねられませんからわかりません。

つまり、私自身も私以外の患者さんの存在には気付かないのです。

これは大きなデメリットがあって、孤独感を一人で抱え込んでしまうということがあります。

同じ悩みを抱える人の存在に、患者自身も気が付かない。

自分だけが病気と闘っているような錯覚に襲われます。

さいごに

今回は目に見えないという精神病の特徴について取り上げました。

目に見えるようになってほしいかと言われると、それはそれで困る面も多いです。

障害者手帳を取れば、それを示すことである程度目に見える化はできるわけですが、障害があっても手帳を取らない人はもちろんいるわけで、デメリットがあるのです。

でも、社会を支える一員であるということを理解いただけないのはつらく思います。

私たち精神病患者もこの世界を作り出す一人として生きています。
差別偏見がなくなることを望みます。