Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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世間様なんてどこにもいやしない


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こんにちは。Renaです。
世間って何なんでしょう?

昔から世間様の目を意識してきました。

「人前での行いに気を遣う」というだけではなく、ひとりのときの思考、はたから目に見えない部分でもそうでした。

人を妬むような思考が湧いてきたときは「世間的にはこんな人間は良しとされていない。こんな醜い考えは持ってはならない」と自然に考えてしまいます。

他にも優越感とか選民思想とか、私の中で許されない考えは色々あります。

ずっと生きづらさを感じてきました。

世間はどこにいる?

その原因がこの世間様にあることに最近気が付きました。

世間様が一体何で、どこにいるのかと考えた時に、それは私が作り出した「仮想敵」のようなものでしかありませんでした。

実際はどこにもいないのです。

ただ、私が「世間一般ではこういう意見が多いだろう。正しい・正しくないとされているだろう」と思い込んでそれを世間様に当てはめていただけです。

そしてその考えを世間「様」というように、自分自身の考えより一段高いところに置き、崇めていました。

ある意味宗教です。

私の行動を縛り、指針になるのはこの世間様が認めてくれるかどうかでした。

しかし、実際はいない、この世間様。

そして実際の本当の世間と一致しているかもわからない。

何せ私が自分の中で思い込んでいる理想像ですから。

100点の人生

私は人生の大半を勉強に捧げてきました。

ただの教科書と問題集を使ったお勉強です。

これが災いしたのか、常に100点満点でなければ気が済まない、と思うようになっていたんですね。

人生でも然りで、本当は点数化なんてできないことでも、満点でなければ嫌なんです。

でも、世間一般的に「人生に点数をつける生き方は良しとされない」ですよね。

他の人の人生を貶めかねませんから。

「みんな違ってみんないい」が世間様的には合格、100点の答えでしょう。

何が言いたいかというと、私が100点の人生を目指そうとした時に、それを目指した段階で100点ではなくなってしまっているということです。

ここに矛盾があって、非常に生きづらかった。

世間様を取っ払おう

じゃあ、本当はいない世間様を取っ払ってみよう、というのが今回の主張です。

何でも点数を求める生き方を良しとしよう。

嫉妬や優越感、選民思想を抱く自分もそのまま受け止めてみよう。

こんなツイートを昨晩しました。

「こんなこと考えちゃダメ」と言ってくるのが、仮想の世間様です。

でも自分で自分を否定するのには疲れました。

もっと自分の軸で動いてみたい。

というか、その方がきっと今よりずっと生きやすい。

さいごに

自分を自分で否定しながら生きている人は少なくないと思っています。

こんなこと考えちゃダメだ、こんな自分は良くない、と。

でもその基準って何なんでしょう?

自分自身の正しさより勝るものなんでしょうか?

もし、仮想敵を抱いているのだとしたら、取っ払ってみてはいかがでしょうか。