Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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選挙演説によって選挙に行きたくなくなる不可解さ


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こんにちは。Milkです。
私は毎朝、NHKのニュースを見るのが日課です。

もうすぐ衆議院選挙ですね。

議員候補の皆さんは忙しそうです。

一生懸命なのは伝わってくる。

しかし、心が動かされるかと言われると、微動だにしない。

寧ろ、選挙に行きたくなくなる。

これ・・・なんでなんでしょうね?


朝のNHKは政見放送だらけ

皆さんは、NHKではなく他局のニュース番組を見ているかもしれません。

私は、ワイドショー的な扱い方が苦手なので、NHK一本です。

「淡々と、事実を述べて欲しい」と思う派なんです。

味付けはいらない。妄想もいらない。憶測もいらない。

事実を受け止めて、後は自分で考えたいから。

まぁ、その話は置いといて、朝はNHKのニュースを眺めてから出勤するのですが、最近は政見放送に置き換わってるんです。

最初のうちは、

ふーん。そうなんだ。

ぐらいの感じで、まぁ、一通り見てみようかなんて思っていたんだけれど、何度も同じテープを見ているうちに段々、イライラし始めるようになってきました。

俺は、ニュースを見たいんだけど・・・(#^ω^)

何故かイライラする

どの党がどうだこうだとかは、敢えて言いません。

そりゃあ、「頼りねぇな・・・」とか「何でもかんでも他人のせいにしやがって」とか感じてましたけど、もうそんなの通り越して、

投票に行くの嫌になってきた・・・

とさえ感じるようになってきました。

たぶん、将来が「明るいな」と感じるものが無いからだと思います。

お経のように何度も言われ、耳にタコが出来て、次の言葉が分かるようになってきて・・・

あぁ・・・もう、うるさいよ!

と叫びたくなります。

こういう時だけ、「国民の皆様を大事にします!」と言われてもさ。

いつもは俺様私様なのにね・・・と思うと、余計に腹が立つ。

既得権益を破壊すると言っている政党もあるけど、最早君たちが既得権益なんじゃないの?と逆に質問を投げかけたくなります。

朝から憂鬱な気分になるんですよ。

そしてイライラする。

この中から選ばないといけないのか・・・と言う、消去法的な選択肢しかなくて、「日本を任せる」と言う大仕事は、なぜこうも軽いのだろうと感じるのです。

昔は議員になってみたかった

実は学生の頃は、

自分が日本を変えてみたい!

と言う感情に燃えていた時がありました。

中学生から高校生の頃かな。

凄く生活が苦しいときで、自分のような生活を他の人に送ってほしくない。

多くの人を助けたいという気持ちに強く突き動かされていたのです。

そして、誰も救ってくれない。そんな悲しい時代に「さようなら」と言える世界をつくりたいと本気で思っていました。

でも、選挙に出馬するだけで数百万を用意しないといけないと分かった時に、

こりゃ・・・議員に老人や二世が多いわけだ・・・

と理解したのです。

まぁ、国会運営って「老後の楽しみ仕事」みたいに見えたわけですな。

その時点で、

スタートの時点でおかしいんだ。

と悟ったのです。

議員が国民の価値観とズレてるとかなんとか言ってますけど、最初からズレてるから出馬出来るわけでありまして、ある意味「変人」でないと政治に関われないんだなぁと感じたものです。

意義を見出だせない投票

大人になって、就職して、仕事をして。

もんもんと「悲しいな」って気持ちが湧いていました。

子供の頃は、大人たちが選挙に興味がないから日本が良くならないんだ!なんて思っていたけれど、今になれば「興味を持てない」のも分かる気がします。

この閉塞感。自分の内に閉じこもれば良いという気持ち。

何も変化は起きないという悲観的な感情。

もしかしたら、私だけが感じているだけなのかもしれないけど、選挙には出来るだけ投票に行きながら、「なんか・・・なんか違うんだよ。」と感じて紙を箱に投げ入れていました。

投票だけは欠かさずに行っていたけれど、毎度、

「行かなきゃなぁ・・・」と言う義務感からの投票。

権利という喜びの中での投票をしたことは今のところありません。


「自分のため」の選挙

まぁ、結局は「自分のため」の選挙に、私の目には映るんだと思います。

小泉進次郎氏が言ってましたけど、何で解散して「ばんじゃーい!ばんじゃーい!ばんじゃーい!」なんでしょうかね?

もうそこから、国民をバカにしてる気がしてならない。

何が万歳だ。

理念なんてどっかにすっ飛ばして合流する者あり。

残兵で新党を立ち上げる者あり。

強力なバックアップを引き込むことに躍起になる者あり。

政教分離を無視する者あり。

なんでもありあり。

ありりりりりり。

祭が変化して、政になったと言われますが、本当にお祭りなんでしょうね。

この温度差はなんでしょうかね?

たぶん。「国民のため」と言っているのは選挙期間中だけだからなんじゃないかな?

そこからしてもう既にズレてるし、私たちは票のぺらぺらの紙に見えてるんでしょう。

演説していたら、目の前には「ぺらっぺらの紙がたくさん!」と喜んでるんじゃないのかな。

「いいえ。本当に国民の為なんです!」

OK。OK。その心意気は理解するよ。

しかしね。地元に帰ってきたことあるかい?

地元に帰ってきても、後援会にだけ顔を出すんでしょう?

票を入れてくれた人たちが国民だもんね。

そうは言っても議員は決まる

選挙公約。あー、今はマニフェストとか言うんだっけ?

あれを眺めても、「俺らの作る設計書より酷い。」の感想しか出ないね(笑)

まぁ・・・文句を並べても議員は決まってしまうわけですが・・・

しかしながら、この「ゆったり感」は逆に言うと「へいわ〜」ってことなのかもしれないですけどね。

だけど、一体誰だよ。山本太郎とかプロレスラーとかに票を入れるやつ!

「どうでもええわい!」にも限度があるだろ(汗)

今回は、流石に「北朝鮮」の問題があったり、「消費税」の問題があったり・・・

かなり危機が目前まで迫ってきているものが問われています。

そうヤケクソになって票を突っ込むわけにも行きませぬ。

これがまた難しいんだなぁ。

麻生太郎の発言問題

麻生ちゃんはなんでも好きに言ってしまうタイプの人間ですが、私は好きですよ?

ちょっと言葉足らずですけどね。

www.sankei.com

「いくら動機が正しくても、何百万人殺しちゃったヒトラーは駄目だ」
参照:麻生太郎氏、ヒトラー発言を撤回「真意と異なり誤解を招いたことは遺憾」 - 産経ニュース

これ。言いたいことは分かるわけです。

かなり非難を浴びたみたいだけど、私はそれほど問題発言でもないと思っていますよ。

ヒトラーは、ドイツが周りから食い物にされ崩壊していくのを止めたかった。

これがヒトラーが立候補した「動機」です。

でも手法として、過激な思想をどんどん膨らませて行ったわけです。

しかしですね。一番の問題は、「国民がヒトラーを選んだ。」と言う点なのです。

何故か、ドイツ人は「ナチスが悪いのだ!」と言う論法になるのですが、選んだのは結局のところドイツ人なんです。

選挙という通常の、そして正当な段階を踏んで、彼はドイツを率いる人間に選出されたわけです。

つまりは、責任を転嫁している。

これを忘れてはいけない。

ヒトラーが悪い。それは正しい。

しかし、選んだ国民もそれに加担した。

それは認識しないといけない。

なんだか話が変な感じになりましたけど、やっぱり選挙に行って「しっかり選ぶ」は私達に必要なことなのです。

どんなに候補が頼りなくてもね・・・

その中でも、選別をしなければならない。

最後に

結論としては、「選挙には行きましょう。」になってしまうわけですが、どうしてこうも「選挙演説」を聞けば聞くほど「がっかり感」が増していくんでしょうね?

実現可能なのか?と言うその根拠に乏しいからでしょう。

あるいは、「選挙に勝てれば良い」がそのまま国民に伝わるからでしょうかね?

国会議員は、先ずはそこから見直すべきじゃないかな?

定数削減。給与の削減。選挙公約の実現うんぬん・・・

それよりも先に、「自分は誰のために話し。誰のために身を粉にし。誰のために人生を捧げるのか。」

もう一度、それを正座して考えて欲しいものです。