Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

Milkのメモ帳

死ぬ前に、少し私の話を聞いてくれませんか?


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こんにちは。Milkです。
もし、あなたが「死にたい」と感じているなら、少しだけ私の話しを聞いてくれませんか?

この「Milkのメモ帳(Milk's Memo Note)」に、どのように検索がなされているのかを調べるという方法があります。

所謂、「GoogleSearchConsole」という機能です。

その中に、1件だけですが気になる検索で来られた方がいたのです。

「しぬためにすること」

それで検索をすると、Googleでは「死ぬとはこんなに怖いことですよ!」って検索結果が並びました。

数ページあとにRenaの記事ですが、以下の記事が引っかかってきます。

www.milkmemo.com

これはちょっと特殊な例を取り上げた記事です。

「しぬためにすること」と検索された方が、どのような考えで検索をしていたのか・・・

それは分かりません。

そして、「死ぬことはこんなに怖いことですよ!」って並べられても、それは少し違う気もしたのです。

これから書くことは、あくまで私の生きてきた人生を綴ったものです。

そして、私は「死にたい」とずっと思っていました。

この話を読んで、「そんなこと大したことではない。」と思う方もいれば、「悲しいことだね。」と感じる方もいるでしょう。

ただ1つ言えることは、私にとっては耐え難い苦痛であったと言うことです。

死ぬ前に、少しだけ私の話しを聞いてくれますか?


複雑な家庭事情

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私に今でも多くの傷跡を残しているもの。

それは、家族間での宗教の違いでした。

また、不況が長引き貧困という問題も私に強く影響を残しています。

宗教の違い

宗教の自由は認められている権利です。

ですから、これに対し何かを意見するつもりもありません。

母はクリスチャン。そして父は無神論者でした。

世間の祝い事を行ったことは全くありません。

クリスマスは?と言われれば、ルーツを辿るとクリスマスは異教の太陽神を崇める行事を取り込んだものになります。
(付け加えると、イエス・キリストが生まれた日は冬ではないことも分かっています。)

よって、私は一般的な家庭とは価値観が異なる状態で育ちました。

そのような状態だったので、父親は私に対しどのように接したら良いのか分からず、仕事に没頭するようになりました。
(後述しますが、これは貧困のためとも重なってきます。)

特に、私が小学生の頃は、母と父とでの教育の方針で意見が割れ、口論になることはしょっちゅうでした。

当然ながら、私は学校でも特異な存在となりました。

時には孤立してしまうこともありました。

しかし、私は自分の「信じているもの」に対する誇りだけは失わない。それが、周りを全て敵に回したとしても揺るがない。

その気持ちだけで生きてきたのです。

また、私は兄妹の一番上でした。

私の行いは下の子達の模範となる。

だからこそ、私は「正しくあること」を求め続けたのです。

親戚から後ろ指を指されることもありました。

祖父の葬式のときには、仏前で拝むのを拒否したため、「お前たちは人間じゃない!」と散々に罵倒されることもありました。

必死に唇を噛みながら、耐えていたのを覚えています。

人は感情的になると、論理的な思考を失ってしまうのです。

そういう生き物なのです。

貧困

父は本当に高いスキルを持つ技術者でした。

一級建築士の免許を持ち、個人事務所を立ち上げます。
(それまでは、サラリーマンを経て、複数人での会社の立ち上げなども経験しました。)

しかし、タイミングが悪く、建築業は一足先に不況に陥っていました。

また、更に追い打ちをかけるようにリーマン・ショックが襲います。

私が学生だった大半の時間は、貧しさを抱えて生きることになりました。

冷蔵庫を開けても空っぽ。

水を飲み、お腹を満たして寝る。そんな日々を過ごしました。

服は祖母に作ってもらったりもしていました。
(実は今でもその服はあって、時々着たりします。)

湯船は、体を寝るような形にして浸かる。そうすればお湯は少ない量で済みますからね。

でも、父親は遂に人間ではなくなってしまいました。

取引先が次々に倒産し仕事が来ず、家庭を支えるプレッシャーに押し潰されてしまったのです。

突然に怒る。突然に泣く。喜怒哀楽がめちゃくちゃになりました。

そんな父を、母はなだめて、父の泣きながらの心の声を母は聞き続けていました。

ある日、トイレに入った時、壁に貼ってある日本地図にライターの火の跡が残っていました。

それが何を意味していたのか。それはご想像にお任せします。
(私はゾッとしました。)

そんな中で、私は遠くから親を眺めることしか出来ませんでした。
(その後、父は自力で精神を立て直しました。本当に強靭な精神力です。)

頭の悪い私ですが、どうしても高校受験で塾に通いたいと思った時がありました。

その時は祖母の家に出向き、正座して「塾に通いたいんです。お願いします。通わせて下さい。」と頭を下げました。

一生懸命に勉強しましたね。

そして、一応は県下の中では「進学校」と呼ばれる高校に入学出来ました。

しかし、授業料は奨学金を借りることにしました。

公立だったんですけどね。それでもお金が足りなかったんです。


死にたいと思い始める

大学生になった時、私は「勉強」と「アルバイト」を必死にしました。

空いた時間があればアルバイト。

それは自分のためのお金ではなくて、ほとんど貯金をしていました。

なぜなら、親の仕事が落ち込んだ時に、自分のお金で家族を一時的に養うことが出来るかもしれないと思ったからです。

やはり、時々どうしても仕事が一時的に途絶える時がありました。

その時は、「Milk銀行」の出番です。

お金は一応返って来ましたけど、また使う時があるのだろうな・・・と思ってコツコツと更に貯めていました。

大学生の時に遊んだ記憶はありません。

遊ぶ時間があるなら、「アルバイト(仕事)」をしようと思っていましたから。

当然ながら、サークルには入っていませんでした。

塾講師をしていたんですけど、夏期講習は授業を入れすぎて体重が45kgになってました。

流石にこれはやばい・・・と思いましたね。
(風が吹くと、どこかに飛んでいきそうな感覚がしてました。)

ですから、根っからのワーカーホリックなのです。

それと同時に高校生の頃から、私の中で葛藤が生まれ始めました。

自分は汚い

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自分の行いが「聖書」の基準に合わない点が出てきたのです。

高校生の頃から独りで悩んでいました。

お金は湧いてきたりしない。

それに、自分の醜い側面もよく知っている。

こんな自分を「神」はどう思っているだろう。

確かに聖書に書いてあることは「綺麗な清い姿」だ。

それは太陽のように強烈で、調べれば調べるほど、私の醜さが影のように大きく伸びていくのが分かりました。

母は私に宣教師として生きていくことを望んでいたようです。それは、「仕事に100%の力を注ぐことはしない」を意味しました。

でも、お金のない生活の恐ろしさを刻み込まれた私は「神」を信じ切ることは出来なかった。

資料という資料を調べ尽くしました。

本当に信じるに足る証拠はあるのか・・・

しかしそれに比例して、私がどれだけ醜く、利己的で、汚いのか。それを見せつけられる結果になったのです。

私にはそれが耐えられなかった。

常に責められている気分でした。

「お前は汚い。本当に醜い。」

これだけ頑張った人生だったじゃないか。

これ以上、俺に何を求めるんだ・・・

俺が間違っているのか?

母の期待。父の思い。兄妹からの視線。

どこに答えを見出したら良いのか分からなくなりました。

どこまでも闇は続き、そのトンネルの終わりが見えなかったのです。

考えて。考えて。考えて。考え尽くして・・・

私は孤独でした。

誰にもこの苦痛を伝えることは出来なくて。理解してもらえなくて。

ならば、「死のう。」

この問題は私が生きている限り永遠に付きまとう。

だから、「死のう。」

そう考えたのです。

死にきれなかった

結局、私は死にきれませんでした。

色んなパターンの死に方を考えました。

でも、どれも簡単には死ねそうではなかったんです。

現実的な方法はいくらでも思いつきます。でも、どれも楽な死に方ではありません。

遂に、死ぬことも面倒くさくなってきました。

もう十分に考えた。

考えうる可能性は絞り出し尽くした。

ならば、「Bestではなく、Betterな生き方も良いではないか。」

そう結論に至ったのです。

20歳になった時、私は母に一言、「クリスチャンとしての生き方は辞める」と告げました。

今思うこと

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それから10年近く経ちました。

その間も様々なことが起きました。

私は家族の中に居場所がなくなりました。

妹からは「裏切り者」と言われたこともありました。

今でも痛みを伴いながら、家族との距離を上手く調整し続けて回復させようと努力しています。

それでも生きています。

なぜかと言われれば、「苦しんでいる人に寄り添いたいから。」

そして、きっとそれは裏返しで「自分を温めて欲しいから。」

苦しんだ結果、今の自分がいる。

そこに誇りを持ってもいいじゃないか。

きっと。きっとだけど、私は周りの人に対して気持ちに敏感で、感情移入をし易くなったのだと思います。

もちろん、全ての人に何かしらのアドバイスが出来るなんておごった考えは持っていません。

せいぜい出来て寄り添うことぐらい。

世の中にはたくさん苦しんでいる人がいる。

少しでもそんな人に寄り添ってあげたい。

だから私は生きているんです。

仕事で出世したいと考えるのも、メンバーの居場所を作ってあげたいと思うから。

「いつでも帰っておいで。ここに居場所があるからね。」

そう感じて、安心して生活出来る環境を増やしたい。

私はもうすぐ30年生きたことになります。たかが30年です。

でも、その中でも本当に多くの苦しみ、人の醜さを目の当たりにしてきました。

だからこそ、人を包み込める人間になりたい。

そう思うのです。だから生きてる。誰かの役に立ちたいから。

私の好きな言葉があります。

「人の脳の記憶全てを移し替えることが出来たなら、同じ人間が出来る。しかしながら、それは生まれたときから今に至るまでの全ての情報を移し替えなければならない。その時に感じたこと。その時に思ったこと。その全てだ。今あなたが行っている行動も情報の積み重ねとなる。それら全てを他に移し替えることは不可能なのだ。だから、あなたはあなたしか存在しない。

そうです。あなたはあなたしかいない。

誰も代わりはいないのです。

何か苦しくなった時。何かに悩んだ時。

アドバイスは出来ないかもしれませんが、話は聞けます。「ここ」に気持ちをぶちまけて下さい。

そのためにも、「Milkのメモ帳(Milk's Memo Note)」は存在しています。

あなたが少しでも笑顔になれますように。

追記

皆で少しでも気持ちを話し合える場所を作りたいなと思って、「Milkカフェ」をオープンしました。

どうぞ。利用してみて下さいね。

www.milkkaigi.com