Milkのメモ帳

日々の思いつきを忘れないようにのメモ用です。

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自分を過度に傷つけなければそれで良い


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こんにちは。Milkです。
最近、ある記事を読んで少し考えさせられました。

それは、「自己肯定感」と言うことについて。

lizune.hatenablog.com

ひとことで言うなら「ありのままの自分を受け入れること」って意味でいいのかな。
あれができるとか、これが得意とか、スペックがどうだとか……そういうのを抜きにしても、自分は尊い存在だと思えることらしい。

自己肯定感?なにそれおいしいの?\(^o^)/ - りずろぐ。

この方は、自己肯定感を持つことに違和感を感じ、あまり積極的にそれを受け入れることは出来ないと述べています。

確かに。私もそうでした。

そのままの自分で良い

私が「自己肯定感」を定義するとするなら、「自分は自分であることを認める」でしょうか。

少しだけこのことには触れたことがあります。

www.milkmemo.com

今の自分はそうであって当然だ

ある本を読みました。

「ツレがうつになりまして。」の作者が、水島広子先生という方に「ネガティブから脱出したい」と思い、対談する形で話は進んで行きます。

その中で出てきたこと。

「今の自分は、そうあって当然だと思いませんか?」

例えば、自分の過ごしてきた幼少期を思い出せば、親からの教育によって考え方は形作られていくことは想像に難しくないでしょう。

「人の考え方」の形成は、周りの環境による影響が大きいものです。

ふと冷静に振り返ってみたときに、自分に自信がなかったり、自分を素直に受け入れられなかったり・・・

それって、「どうしてかな?」って思うことはありませんか?

私の場合

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私は、仕事一筋の父。それを支える母。

そんな家庭で育ちました。

また、母はクリスチャンでしたから、父とは価値観が異なり、喧嘩が多かったのも記憶しています。

子供ながら、二人の仲をとりもったりしたつもりなのですが、数年前に父からは「お前は何の役にも立たなかった」と言われました。
(あくまで、父と母の仲裁をしていたことについてです。私はとりもっていたと自負していましたが、それは勘違いだったようです。)

また、クリスチャンの母のもとで育ち、家は自営業でもあったため、私は良い子であることを意識せざる負えませんでした。

自分の行動によって、家族の評判が左右される。最悪の状態は、仕事がなくなってしまうかもしれない。

だから私は、「常に正しくなければならない。」

そう思っていたのです。

評価を他人に求める

これが繰り返されるうちに、私は「自分の価値は他人から定義される」と思うようになりました。

ゴマをするとかそういうことではないんです。

「結果こそ全て」という考え方にたどり着いたのです。

どんな偉そうなことを言ったとしても、行動が伴わなければ意味はない。

だから、自分を律し続ける。

いつしか、それは他人の「間違った行為」も許せない状態に陥るようになりました。

そして、仕事の中で他人からの評価にプレッシャーを感じるようになったのです。

結果こそ全て。私の価値はそれで決まる。

そう思うと、息が詰まりそうでした。

でも、現実はそうなのだ。そうでしか評価されないのだ。

そう信じてきました。

私の父も職人でしたから、その考え方に非常に近く、それを私は叩き込まれたのも原因の一つにあると思います。

自分の価値は自分で決めて良い

皆さんご存知のように、この後、私はうつ病と身体表現性障害を患うことになるのですが、「自分が負けた」と感じていました。

そして、期待に応えられなかった・・・と天井を眺めながら考えていました。

環境が変わると価値が変わる?

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Photo by Eli DeFaria on Unsplash

少し元気になって、「リワーク支援プログラム」を受講しました。

私の中で衝撃的だったのは、「自分の価値は自分で決めて良い」ということでした。

日本人は特に、「仕事ができる = 人として素晴らしい」に変換しやすい人種のように感じます。

www.milkmemo.com

自分の評価を、仕事の評価に置き換えるのです。

自分の存在価値を、他の何かに委ねると考えてもらっても良いです。

そうなったときに、周りの環境が変化すると、自分の価値は0に等しくなります。

自分なんて・・・って思う人は、「他人と比べる」ということで自分の存在価値を相対的に見出そうとしています。

それって、とても不安定なことですし、ある意味では理不尽だと思いませんか?

周りが変化すると、自分の価値が変動するなんて・・・

考えていると、だんだんアホらしく思えてきました。

周りに振り回されている自分が嫌になったのです。

最後に

自己肯定感を持て!とか、そんな押し付けはしません。

自分を過度に傷つけなければ、それで良いのではないでしょうか。

  • 今の自分が形成されたのは、ある意味では当然である
  • 周りに評価を求める、他人と比べることは、自分の評価が相対的で変動する可能性がある

これが分かれば、自ずと何か見えてくるものがあるのではないでしょうか。

私は最近、「自分は自分だし、他人は他人」と思うようになりました。

悲観的になっているのではないんです。

自分に「無理なことを求めない」ぐらいがちょうど良いと分かったのです。

理想像はあります。それに近づきたいとも思います。

しかし、それを意識しすぎると、その差分で自分を責めるようになります。

自分が認められなくなるのです。

それは、楽しくないな。どうせ同じ時間を生きるなら、楽しい方がいいな。

そのように思います。

それでは今回はこの辺で。

adios!!