最近、SF物の読書にはまっています。
今回は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を紹介します。
まずなんと言っても、表紙が意味深で怪しげで中二病心をくすぐる(笑)
1977年と相当古い本で、確かに読んでいると現代のIT技術に照らし合わせると、いささか古臭さは否めません。
ですが、焦点になっているのは”人間”は一体何なのだろうという点ですので、そこに注目するとあまり気にならないですかね。
概要
核大戦が起こり(この設定って本当に多いですよね。冷戦時代はやはり核戦争に繋がるというイメージだったのでしょうか・・・)、ほとんどの人が地球から他の星へ移住した世界が舞台です。
主人公のリックは、その中でも移住せずにバウンティハンターとして荒廃した地球で妻と暮らしています。
移住した人々には人間にそっくりなアンドロイドが支給されました。しかし、その中で数体のアンドロイドが地球に逃げ出してしまうのです。バウンティハンターとは、それら人間の命令に背き逃走したアンドロイドを、処分する職業です。
人間にそっくりなアンドロイド。それを見分ける方法は、感情移入ができるかのテストをを行うというもの。人間には他人への感情移入が行えるが、アンドロイドには他の人間やアンドロイドに対する感情が希薄で、仲間の絆というよりは損得勘定でのつながりという方が近いということらしいのです。
リックは、レイチェルという魅力的な女性に出会います。しかし、彼女はアンドロイドだったのです。
彼女との出会い、そして処分(殺害?)していくアンドロイドとの接点の中で、人間とアンドロイドとの境界線が曖昧になっていくリック。
彼は最後まで自分の使命を全うすることが出来るのでしょうか。
話の概要はこんな感じでしょうか。
感想(ネタバレ含む)
しかし、この本にはまだ多くの内容が含まれています。例えばマーサー教。
この世界(地球)では、人同士の接点が失われていき、感情を共有する装置を通してマーサーという人物の感じたものを皆で共有するということが行われています。中にはこのマーサー教に興味を持たない人もいますので、皆が皆、この宗教に没頭しているわけではなさそうです。
リックと同じほど大事な人物として、イジドアという人物がいます。
彼は脳の発達障害があり、日常生活には問題がありませんが、障害者として書かれています。
イジドアは人間もアンドロイドも別け隔てなく平等に扱います。そして、一生懸命に自分の気持ちを伝えようとし、そして相手を理解しようとします。
彼はマーサー教に心酔していますが、最後にはマーサー教が架空の宗教であることがアンドロイド達に暴かれてしまうのです。
しかし、マーサー教は今日も何も変わらず人々に受け入れられ続けます・・・
アンドロイドと人との境界線について話されがちですが、私はどちらかというと”マーサー教”の方が重要なポイントなように思うのです。
人々は心のなかで、他人との関わりを求め続ける。そして、それが人たらしめる部分であるというように思えました。
スカッとする話ではなく、どちらかというとしんみりとする話です。
所々、ん??なんで?って思える箇所はありますが、全体としては読んで良かったなぁと思えた一冊でした。
ブレードランナー
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を原作として、映画化もされました。
「ブレードランナー」という映画です。
ですが!が!が!
原作が好きな私としては、この映画は本当にがっかりでした。本の中で描かれている描写と、映画の初っ端からの世界観が合わない。
そして、アンドロイドは感情を持つという設定にしたことで、本の内容との整合性が全く取れない。かつ、マーサー教の部分はごっそり無し。
ただ単に、設定を借りてきて全く別物の映画を作りましたって感じ。
なので、「ブレードランナー」は、それ単体で論じるべきものであって、原作の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と関連性を見出すことは不可能、というよりもそんなことすると超がっかりするという感じです。
(ブレードランナーのファンは多いので、反感を買いそうww ごめんなさい。)
最後に
どうやら、「ブレードランナー」は続編が作られる予定みたいですね。
原作に近い形になっていくのか。はたまた、「ブレードランナー」の世界観を踏襲していくのか・・・
さて、皆さんはどんな感想を抱いたでしょうか。
ではでは。